サロメ・ピンク
昨日の晩から、今日の0時を過ぎるまでたくさんの人と会話をした。
たくさんの人と言っても、アトリエにたったひとり、こもりきりの私の日常においての「たくさん」は1人以上のことを指す。
それでも昨日の晩から今日の0時を過ぎるまで、私は4人もの人と会話をしたのでたいしたものだ。
近頃はめっきり疲れていて、なにもかもに破れかぶれで、ベッドからほとんど起き上がれないまま過ごす日もある。そういう日は本当に最悪で、私は自分のみじめさを全身に宿らせたまま、蛆虫になる。なにも食べるものがないまま、干からびて朝がくる。
昨日もそんな日として暗澹たる終わりを迎えようとしていたが、最愛の女からの電話でベッドはおろか、家から出ることにも成功した。
こういうときに、救おうとすることと、救われることはほとんど同じことだと実感する。
真っ暗な道に自転車を走らせて、時折光る線路を目印にしながら、待ち合わせのコンビニを目指した。毎回同じセブンイレブンで、長い缶のビールを買う。
彼女はヴィーナスの話をしていて、私は大島弓子の作品を思い出していた。
「毎日こうやって過ごせたらいいのに」と口に出して、深夜3時半に二人で同じ布団に入った。私たちは、ずいぶん長い時間一緒にいる。
背中合わせで、お互いのぬくもりが熱く、クーラーの温度を2度下げた。
私は常用している睡眠薬を忘れてしまい、ほとんど眠れることがなかったが、つらくなかった。
就寝時間から考えて、それなりの睡眠時間がとれただろう時間に起きだして、まだ寝ている彼女の写真を撮った。
家に帰って少し寝た。ほんの3時間ほどであったが、それもあまりつらくなかった。
そのままアトリエに向かい作業をはじめたところで、やさしいひとから電話がきた。
業務連絡やらを済ませてから私のあれこれの話をしている最中、突然「今すぐに空をみろ」と言われたので、アトリエのドアを開けるとすべての世界が見たこともないピンク色に染まっていた。ちっぽけにも27年生きてきた中で、ほんとうに初めての景色であった。
夕焼けに染まったと表現するには全く違う、まるでそこにある一切のものが、はじめからピンク色だったかのようにたっている。古典的なエロティックさすら感じる景色に、建物から漏れ出る光だけが真っ白にかがやいて、不思議と地球ではないどこかに見えた。
最近は色の名前を調べるのにはまっている。
普段使う絵の具たちより、はるかにたくさんの色に名前がついていることは、星の名前を知るように楽しい。
今日のあの景色に最も近い色は何だろうとみていたら、サロメ・ピンクがぴったりだった。
サロメといえば、へロディアの娘しか思い浮かばないが、名前の由来はわからなかった。
サロメ・ピンクの口紅は、一年中使えるだろう。
やさしいひとと共にサロメ・ピンクの景色をみて、そのあとつよい女と会話した。
私が知る中でもだいぶんつよい女だ。つよい女にはそのつよさに何度も勇気づけられたが、今日も「絶対に白髪で女優帽を被るつよいババアになるんだぞ」と鼓舞された。
私はだいぶん弱気になっているので、「それまで生きているかもわからない…」などと言ったけれど、それは本当にそうあれたらいいなとも思った。
つよい女とサンリオピューロランドに行きたい。
砂の城を、りっぱに作り直すことをできるのかわからないが、次は大きな石で、接着剤も使わなくてはいけないなと思う。いや、石とは言わず、コンクリートを使いたい。
少しずつ少しずつ元気にならなくてはと思う。
コンクリートを練るのはひどくくたびれるが、そういうことをしていかないといけないのだ、たぶんそれがすべて、と信じたい。