彼と彼

スコール。

太陽を模した瞳は太陽の下で稀に雨を降らす。
細かなプリズムは太陽の光で放射線を描く。
複雑な雨だ。
彼は、それだけが好きだ。

 

Talk me

 

彼の指先はひどく二枚爪だった。

栄養が指先にまでとても及ばず、すべての爪先がぼろぼろとめくれていた。はじめてはとてもとてもおどろいて、思わず医者を呼ぶべきではと伺った。二枚爪をもつひとを生まれてはじめて見たのである。それに加えて、彼の手そのものが異様に硬く、あかぎれて、ずず黒かった。

 

ほらごらん、ぼくの手とこんなにも違うだろう

きみのつめったらおかしいよ

お医者さまにみていただこう、きっとそうしよう

きっとそうしよう

 

みるみる、彼のかさつき焼けた肌が紅潮し、また一瞬でさっと青ざめるのを見た。

その無残な顔色も、彼にとってはうまれてはじめて見るものだったが、本能的に、彼を深く傷つけたことだけは即座に理解し、同じようにさっと青ざめた。

彼は意地悪なのだ。(その報復を恐れたのである。)

 

許されたい

 

カラスに石を投げつけてはつばめの健気さに涙し。

 

子どものころ、たくさんの虫を殺したり、いじめたりした。虫はあまりにも機械仕掛けじみすぎている。

自分より劣っているいきものは弄んでもいいのだと誰に教わってあんなに残忍になれたのだろう。

なにをどうして、劣っていると教わったのだろう。

どこにも行けない。

 

見えないものを手でなぞる

 

赤子のなく声が聴こえる

 

僕たちは上手くいかない。
彼はとくべつ人の心に敏い訳でも、疑い深い訳でもない。

うまれて初めて、ひとめ見てわかったのだ。
僕たちは上手くいかない。
そういうふうに、出来ているのだと。


「おまえは清潔で正しいからそんなことが言える」
いかにも苦虫を噛み潰した顔で彼が唸った。それを見て、彼は単純に驚いた。

このこは、なんて苦しい生き方をしているのかしら。

彼が正しいと感じる物事は、彼の言うようにたいてい正しく清潔だ。それ以上でもそれ以下でもない。
彼は順風満帆だった。
だから、彼のように、正しいとか、清潔だとか、そういう風なものを理解した上で、それでもそういう風に生きられない人間のことはさっぱりわからなかった。
美しいものだけを享受して生きてきた。
だから、彼は彼が一番嫌いで、一番愛していたことも、彼にはわからない。

目の痛む青空の中で彼のなだらかな鼻がつるりと光る。
瑞々しい肌だ。乾燥した大人の肌はざらついていて、あんな風には光らないのだ。
太陽はただでさえ眩しく、ちかちかするというのに彼の肌が光源となってまた白い光を増やす。

忌々しい。


祭りの声がうるさい

 

人々が生きている音がする

 

空気が澱む

 

生きている準備をするのはおそろしく疲れるのだ

 

茨の色を思い出せずにいる。

 

エメラルドグリーン、アイスブルー、ヴァイオレット、ヘーゼル、シルバー、ウルフ、モスク、オペラ。

 

ばかなやつ。

ばかなおれ。